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インドネシア通信 『3種の神器』…の巻   神谷典明

 

 長い間インドネシアと日本を往復しておりますと常備薬の如きものが

出来て参ります。

小職のそれは、❶正露丸、➋バッファリン、❸パブロン

でした。

 

正露丸は言わずと知れた下痢止め、腹痛薬です。

兎に角お腹の調子が悪くなれば正露丸です。

そしてインドネシアに居りますと、お腹の調子が悪くなる事度々ですので

正露丸は欠かせないのです。

仮に正露丸を持ち忘れたら帰国して取って来たくなるほどです。

『アレ』と思ったら先ず3粒、『痛い』となったら5粒。

治まらないようであれば8粒。大概ここで下痢も腹痛も治まります。

 

昔は原木検品の為に伐採キャンプへ入りました。

小職の場合湿地帯材を買い付けておりましたので検品はボートで行きます。

ロッグポンドまで片道1~2時間、キャンプですと5~6時間も揺られます。

そしてトイレも何もないところで原木を検品するのです。

ボートの中で下痢になりますと悲劇です。

脂汗を流して耐えていても何時か終末を迎えます。

同乗の従業員達に『後ろを見るな』と命令し、船外機に抱きついてするのです。

最初はその勇気も出ず、マングローブが生い茂る岸にボートを付けさせて,

気根に摑まってしました。が、凄い蚊の大群に襲われ、お尻の蚊を払う為に

手が幹から離れてしまい、泥と自分がしたものの上に落ちてしまったのです。

人生最大の惨めです。

『日本で働いて居ればこんな惨めさを味合わずに済むのに』

と南方駐在員生活を恨みました。

 

こんな思いをせず済ます為に正露丸を活用しました。

キャンプ入りの朝、食事をしないで正露丸を10粒呑み強制便秘になるのです。

戻ってから水を飲めば下痢になります。正露丸を6粒ほど飲んで治します。

お腹も御主人の勝手で便秘に成ったり下痢に成ったりで大変だったと思います。

正露丸にはこんな効用も有るのです。

 

この様に我が身を使って試し、体に馴染じませたのが常備薬です。

インドネシア人にもよく効きます。

彼等は飲み慣れていない分だけ日本人より少量で効き目が現れます。

特に正露丸は素晴らしいです。

あの匂いと見た目の悪さを吹き飛ばす効き目です。

飲むのを躊躇するインドネシア人にはこう説明します。

『これは木を燃やした煙から取った薬なのでJAMU(漢方)だよ。

生薬なので飲み間違えても用法を間違えても大丈夫。

騙されたと思って飲んでみたら。効き目にビックリするよ』

 

この説明に嘘は有りません。

小職はスラバヤで仕事をしていた頃、紹介で知り合った大幸薬品の方から

正露丸用木タールを集めて欲しい、との依頼を受けワークした事が有るのです。

木を燃やし煙を水の中を通したパイプにくぐらせて冷やし、パイプに付いた

タールを集めてドラム缶に入れ輸出するのです。

タールは日本で精製されて『木クレオソート』となり正露丸をつくるのです。

よく見ると正露丸の箱には木クレオソートと書いてあります。

 

煙りを取ると言っても簡単ではありません。

大幸薬品からの要請は単一樹種での煙です。樹種が混ざってはダメなのです。

適当におが粉や木っ端を買って来て燃やしてもダメ。

そこでチークを使ってフロアーやガーデンファーチャーを作っていたスラバヤの

Antamas社に頼みました。小職は彼等のコンサルタントを務めていたからです。

おが粉も削り屑も全部チークです。

チークはインドネシアでは植林木であり、尚且つ世界三大銘木の一つです。

相手にとって不足は有りません。

チークから取った正露丸を夢見て彼等に話を持ち掛けました。

何とオーナーのグナワン社長は正露丸のファンでした。

香港から買って来ては常備薬として使っているとの事。

『正露丸の原料を作らないか?』と話を持ち掛けると、二つ返事で引き受けてくれました。

 

ここまではトントン拍子に行きました。

が、その後チークの値段が高騰し、使え切れなくなった彼等は代替えとしてアメリカから

ホワイトオークを輸入し、チークの扱いを止めてしまいました。

正露丸の話はボイラーの煙と共に消えてしまいました。

 

 

バッファリンもよく効きます。

鎮痛解熱剤ですので痛みにも熱にも効く実に都合の良い薬です。

インドネシア人もよく熱を出します。そしてマラリアだと言います。

冗談は聞き流してバッファリンを飲ませます。

頭痛にも歯痛にも飲ませます。(腹痛は正露丸です)

こちらは化学製剤ですので用法を守って食後に2錠、1日3回まで。

これで十分です。

 

 

そして風邪です。

インドネシア人はよく風邪をひきます。

雨季から乾季へ、乾季から雨季へ、特に季節の変わり目に弱いのです。

そんな時に日本から持参したパブロン(特に顆粒)が役に立ちます。

1袋が1回分で判り易く、大変苦いので、苦さを我慢したが故に効いてほしい、

という切実な願望と相まって効くのです。

(効いたか効かないかは本人が決める事、効いたと思えば効いたのです)

風邪だけに限らず色んな症状に効くようです。まさにパブロン万能薬説です。

 

 

これ等の薬は日本人が行くスーパー【パパイヤ】なぞを除くと売ってません。

パパイヤでも値段は高いです。

インドネシア庶民にしてみれば、自国で手に入らないが故により貴重なのです。

腹痛、頭痛、歯痛(正露丸は歯の穴に詰めると痛みが止むそうです)風邪、発熱。

家族や友人、近所の人が苦しんでおれば薬をくれとねだって来ます。

苦しい人を助けられる実感が得られるのでみんな大喜びです。

小職のお土産は、まさにこの薬3種です。まさに『三種の神器』なのです。

嵩張らず高からず多くの人を助けられ喜ばれる。まさに『三種の神器』です。

インドネシアへ行かれる方は是非お試し下さい。人助けになりますよ。

 

 

最後を〆るのはインドネシア漢方に助けられた話しです。

いつもジャカルタで焼酎をがぶ飲みして皆に嫌がられておりました。

『そんなに飲むと体に悪いよ』『肝臓が壊れるよ』

多くの方々からアドバイスを頂戴しました。

『好きで飲んでいるんだから、放ってといてくれ』(とは、とても言えません)

一大決心をして焼酎を止めました。そして度数の低いビールに替えました。

そして1年が経ちました。

帰国した日本で夜中にトイレへ行こうとベッドから床に爪先をついた瞬間です。

『ゥ!!!』 

親指が折れた? 昨夜飲んで転んで捻挫したか? 

そおっと足を床に付けた途端、『ゥ!!!』

 何だ、この痛みは…。朝を迎えビっこを引きながら医者に駆け込みました。

親指を見るなり医者が言いました。『痛風だよ』

 

これが通風か…

痛いとは聞いていたがこんなに痛いとは。

1週間後にはジャカルタへ行かねばなりません。

医者に事情を話して痛み止めの注射や点滴をして貰いました。

『痛みは取れたか?』

全く取れません。これではジャカルタへ行けません。『何とかして!』

『おかしいな…、痛み止めが効いてないか…』

医者は知らないのです。実は小職の体は麻酔が効き難い体質なのです。

 

親指に触らないよう大きめの靴を買ってビっこを引き乍らジャカルタへ向かいました。

ジャカルタ空港で惨めな格好して歩いて来た小職を見て運転手君が一言。

『ada apa tuan ???旦那どうしたの?』

『kaki tidak patah, 指は折れていないが、tapi sakitnya seperti patah折れた位痛い』

『sakit apa tuan ??? 何の病気?』『menurut doctor asam urat医者曰く痛風だそうだ』

『ohhh, gampang 何だ簡単だ、tunggu sebengtar ya ちょっと待ってね』

そう云うと運転手君は小職をホテルへ残して出て行きました。

1時間ほどで戻って来て『minumlah tuan jamu ini このジャワ漢方を飲んで』と言います。

折角の行為であり、まして漢方だと言っているので黙って飲みました。

 

翌朝起きると、全く痛みが有りませんでした。

あれだけ1週間かけて日本の大病院で注射を打ったり点滴したり大騒ぎしても

治らなかった病気が、たった1カプセルを飲んで一晩経ったら治ってました。

日本の常備薬でインドネシア人を治し助けていた小職だからからこそ、

今回はインドネシア人にジャワ漢方で助けられました。

 

その薬が『Tawon Liar』です。

Tawonとは蜂、Liarとは野生の、という意味です。『野生の蜂』…いかに効きそう。

どこの国にも凄い薬があるものですね。

 

後日談:スラバヤで痛風に苦しんでいた日本人の友人にこの薬を進呈しました。

    一発で治りました。