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【インドネシア通信 ::::: 海燕の家  】
2005/2/9  ジャカルタにて
神谷  典明
2月9日、今年もまたシナ正月(春節)がめぐって来ました。
昨年から春節が国民の祝日として正式に旗日となり、大っぴらにこれを祝う事が認めらました。
これは即ち中国系インドネシア人(華人)を正式にインドネシア国民として国家が認めたことを意味します。
それまでは春節は家の中でひっそりと家族だけで祝う祭りでした。
華人(華僑が国籍をとったもの)は経済を牛耳ってはいたものの政治や軍事には全く口を出させず、国も華人にまつわる祝いはあえて無視してきたのです。
実にスハルト政権の35年間がこのような時代でした。
華人は政府に汚職としての金をもたらす木ではありますが、あくまで役人の財布代わりに使えればそれでよい。
彼らに国民としてインドネシア人と同様な権利は実質ありませんでした。
漢字新聞の発効も認められず中華学校も駄目。
その結果、50歳台前半のジャワにいる華人は中国語を書くことも話すことも出来ず、ジャワ語とインドネシア語だけを使う血のアイデンティティーを失った棄民と化していたのです。
金の必要なときはインドネシア国民として絞りたて、そうでない時はインドネシア人が抱く不満の捌け口としていつも反華僑暴動の矛先とされてきたのです。
役人である悪代官に貢ぎ、黄門様であるインドネシア国民の手で真っ先に成敗される越後屋にされてきたのです。
 
それがメガワティ政権となってから理由はともあれ華人を正式に国民の一員として認めようと働きかけ、中華学校も開校、中華新聞も認め、春節も国民の祝日となったのです。
華人の喜びは小職でも去年の春節で正式にバロンサイ(獅子舞)の踊りを見て、恭喜発財(おめでとう)という看板を見ることで感じることが出来ました。
日本人の小職でさへ20年前の春節と比較して目の前で踊られているバロンサイが夢のように思われたものです。
今年はさぞかし賑やかになるだろうと楽しみにしていた矢先にアチェーの津波被害が起こったのです。
ジャカルタ市長スティヨソ氏よりは華美な祝い行事は慎むようにとのお達しが出され、アンチョール海浜公園で予定されていた最大の爆竹花火打ち上げも取り止めとなってしまいました。
しかし、華人はお達しがなくても派手な祝いは慎んだでしょう。
いつも欲求不満の矛先を向けられないように…と努力してきたのが彼らの生きる知恵だったのですから。
 
そんな静かな春節を祝い、おめでたい話題をひとつ。
 
中華食材の代表選手として『燕の巣』があります。
スープに入れたり煮たりするのは海燕の巣です。
日本でもテレビや雑誌で紹介されておりますので皆さんもご存知だと思います。
この巣は断崖絶壁の中腹にある海燕の巣を、原住民が身の危険を省みずよじ登って採って来た実に貴重で高価な食材と紹介されておりますね。
燕が出す唾液と海草なぞが交じり合って出来たコラーゲンです。
混じり物のない白いものは食材として香港へ輸出。
混じり物のある黒いものは化粧品の材料としてやはり輸出。
燕の巣を毎日飲むと肌がスベスベになるんだそうです。
まさに天が与えてくれた食べるお宝…
命がけで採るだけの価値がありますね。
 
…それが養殖されている事をご存知ですか?
 
小職は見てしまったのです。
スマトラ島の中堅都市ジャンビ市にあり、小職が住んでいるアバディーホテルの部屋の窓から…
窓から外を見ると目の前に壁に穴をたくさん開けた家があるのです。
いったい何のための穴なのか…思い切って華人に聞いてみたのです。
これが何とあの燕の家なのです。
燕の巣ではありません…、巣を掛ける燕のための家なのです。
彼らはこの家のことを『ルマ(家)ワレット(燕)』と言っていますが、この穴から燕が入り中に巣を掛けるのだそうです。
中はがらんどうで何もなく、燕はこの壁や天井に巣を掛けるのだそうです。
この巣を採ればあの高価な食材、“燕の巣”の誕生です。
つまり『燕の巣』の工場なのです。
何も命がけで断崖絶壁を上り下りしなくてもいいのです。
少しやかましいのと臭いのを我慢して隣や下の家で一緒に暮らしながら燕が巣を掛けるのを待てばそれでよいのです。
燕が定住してくれれば仕事をやめても食べていけるそうです。
切り株に転ぶウサギを寝て待つ心境ですね。
まさに不労所得の代表。…目出度いでしょう!!!
 

人間の(悪)知恵とはたいしたものです。
燕の巣が安っぽくなってしまいましたか?
燕が悪いのではないですよ。
騙したのは人間であって、騙されたのが燕なのですから。
でも、…
高い金を掛けて自分の家より先に広く立派なルマワレットを建てたのに燕が入ってくれない人も居るのです。
金はなくなり、収入もなし、燕の家には住めないし、住む家は借家。
世の中には運の悪い人もいるものです。
金の斧に銅の斧。
大きいつずらに小さなつずら。
人間の欲望が渦巻いてはいるものの、インドネシアでの話はおおらかで、どこか間の抜けた、それでいてほのぼのとした柔らかい味わいがあります。…まるで童話の世界です。
 
インドネシアって…じつに好いですね!!!