インドネシア通信 『新政権の多難な船出』…の巻     神谷 典明
 
ジョコウィ新大統領は就任早々苦労されておられます。燃料代の値上げです。
インドネシアは国内需要の半分に至る精製された燃料を輸入しているのですが、
その市場価格を抑えるために補助金を入れているのです。
しかし、経済の成長に伴って燃料の使用量は青天井で伸びてゆくのに補助金の
財源は思うようには伸びません。
インドネシアは品質の高い自国の重油を輸出して得た外貨で、比較的品質の
劣る安い中近東の重油から精製された燃料を輸入しているのです。
この差額が補助金の財源となっているのですが、輸出相場は下がり収入は下がる、
翻って輸入燃料需要は上がるので補助金は嵩む、これでは財源が不足します。
そこで歴代政権は補助率を下げて燃料の伸びを許容しようと言う策に出るのです。
結果、補助率を引き下げた分は燃料の値上げカバーせざるを得ないのです。
 
2013年6月のある日午前0時をもって前政権(スシロバンバンユドヨ大統領)
手で4500ルピア(約45円)/リットルだったガソリン代が6500ルピア(約65円)
値上げされたばかりです。
今回は新政権(ジョコウィ大統領)の手で同じく11月18日午前0時をもって
6500ルピアから8500ルピア(約85円)にまで引き上げられました。
18日夕刻日本よりジャカルタ空港へ着いた小職を満面の笑みで迎えた運ちゃんは、
『昨夜安いうちにガソリンを満タンにしておいた。俺が立て替えたので金を払ってくれ!』
と自慢げに言いました。
 
一年半で2回、4500から6500(44%)、6500から8500(31%)です。
給油するたびに出てゆく現金が、目に見えて増えてゆきます。
以前は15万ルピアも入れれば十分だった給油が今は20万ルピア入れても足りません
外国人でも懐の痛み実感できます。
『ジョコウィは庶民の味方、値上げはしないだろう』、と甘く見ていた連中は過激デモで
期待はずれの意思表示をしております。
しかし、ジョコウィ大統領は公約で補助金を減らしてその分を新しい開発や福祉に
廻すと明言しており、それなりに賛意を得ているのです。
 
どうして補助金が燃料代につぎ込まれているのか?
それはスカルノ時代に燃料の国際相場の上下から国民生活を守ろうという趣旨から
国が補助金を入れ、市場に出回る燃料を安く設定したからです。
いくら国際相場より安いと入っても国民から見れば目の前の価格が上がれば生活は
苦しくなります。苦しくなると民衆は暴動に走ります。
暴動を最も嫌うインドネシア政府としては、その可能性を現出する燃料代の値上げは
苦渋の選択なのです。
限度のある補助金を限度無く増え続ける燃料に同率で注ぎ込み続ける事は何人たりとも
出来ません。補助率を下げて燃料の増大に対応するしか打つ手はないのです。
通貨危機より以降IMFからは補助金の全廃さへも勧告されているほどですから。
補助金が全廃されれば全てのガソリンが外資系石油スタンド(シェルやBP)の手で
販売されている補助金無しガソリン値段10,500ルピア/リットルとなってしまいます。
 
外国人の小職でもポケットから出てゆくガソリン代が気になるほどですから一般庶民は
苦しいでしょうね。ちょっと立ち寄って給油しても20万は出て行きます。
昼飯代4回分です。庶民の昼飯代でしたら8回分ぐらいにはなりましょう。
燃料が上がれば諸々が上がります。バスもトラックも電車も船も飛行機も電気も…。
暮らしを守るために最低賃金を上げますで、メーカーはダブルパンチ
を喰らいます。
折角進出してきた外資系も更なる工場建設に二の足を踏むようになりましょう。
 
でも、だからと言って値上げしなければ国家財政が成り立たなくなります。
国としての経営が出来なくなります。
 
かと言って補助金を下げれば燃料代を上げなければなりません。
値上げすれば最も忌諱する暴動の危機を招きます。
ガソリン代の値上げから端を発したジャカルタ暴動でスハルト政権は倒れました。
進出していた外資も別の国(主に中国)を求めて逃げ出しました。
・燃料を上げそれでも暮らせるよう賃金を上げれば、コストメリットを失った外資が
 逃げ出し、
・補助金で燃料を抑えれば国家財政が破綻し、
・賃金を抑えれば暴動によるカントリーリスクで外資が逃げ出す。・・・どうしましょう?
 
だから庶民の星、ジョコウィ大統領でさへも燃料代は値上げせざるを得ないのです。
庶民の苦しみを判っていながらも財政健全化の為には行わざるを得ないのです。
庶民の苦しみを判っていながらも国家財政健全化の為に消費税引き上げという
苦渋の選択を迫れられているどこかの首相と同じです。
 
でも一つだけ違う点が有ります。
スマトラ島ジャンビ州からの出張から帰って来た小職を空港に出迎えた運ちゃんが
新しい情報をくれました。 『さっきジョコウィ大統領が空港に居たよ!!!』、
翌日、新聞もテレビもこれを報道しました。
大統領夫妻はシンガポールに留学しているお子さんの卒業式に出席するため
シンガポールに行かれたのです。
公務ではないので、御夫妻は国営ガルーダ航空のエコノミークラスに搭乗され、
皆と同じ席に座られていたのです。
汚職撲滅のジョコウィ大統領、公私を混同しない清廉な人、大変な好感度です
    『これからビシビシ役人の汚職を取り締まってくれよ!』
こういう期待があるからこそ大衆も苦しい燃料代の値上げを受け入れるのでしょう。
 
12月の総選挙は気が重たいです。
自分達の都合だけで、師走の慌しい日々を煩くさせて恥じない日本の政治屋共、
政務活動費を『政活費・生活費?』、と戯言を吐いて恥じない日本の政治屋共、
彼等に見せてやりたい姿が全メディアに溢れ出た、インドネシアの一日でした。