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インドネシア通信

 :: 『暴動の危機』…の巻 ::     神谷 典明

インドネシアは世界第4位とも第5位とも言われる産油国です。
その国で10月1日燃料不足による石油製品緊急値上げが強行されました。
ガソリンが88%アップ、軽油で95%アップ、家庭用灯油に至ってはナント!・・・285%アップ。
刺激的な数字が並びました。
 
この数日間、売り惜しみや買い溜めなどの騒動が各地で持ち上がっているのです。
インドネシア全土でガソリンスタンドに長蛇の列、大都市では値上げ反対のデモ行進。
ジャカルタ市内を行くデモ行進
ジャカルタ市内を行くデモ行進
給油を待つ人々
給油を待つ人々
ジャンビのガソリンスタンド
ジャンビのガソリンスタンド

そこで悲喜こもごもの人間劇が上映されます。

石油製品を一手に扱う石油公社プルタミナ社の偉いさんの中には出入り業者と結託して国内で
売るべき石油製品を国外へ密輸で売り飛ばして儲ける人も出てきます。
どうしてこんな事が起きるのでしょうか?
インドネシアは産油国でありながら自前の石油精製プラントを十分に持っておりません。
石油精製プラント建設には膨大な投資が必要だからです。
そんな面倒くさい投資をするより原油を輸出してその代金で精製された石油製品を買い付け輸入
すれば同じでないか・・・という論理が成り立つのです。
工場を建てるより出来た製品を買えばよい、原資の原油は我が手にあり・・・アラブと同じ考えです。
しかし石油製品には国際相場というものがあります。
原油を精製してもらうのではなく、原油を一旦売って出来た石油製品を買い上げるのですから、当然
産油国といえども日本と同じ国際相場での買い上げとなってしまいます。
そんな値段で生活の基礎となる油を売ったのでは貧しい民は生きてゆけません。
産業も成り立ちません。
そこで国が補助金を出す事により高く買ってこれを国内で安く売っているのです。
(どこかの国の主食米と同じ仕組みですね・・・)
だから国内で売るべき製品を密輸に廻せば補助金分だけ黙っていても儲かるのです。
お役人はさすがに頭がいいです。
 
結果・・・
この補助金が国家予算を圧迫し破綻を招きそうになっているのだそうです。
今回の油不足騒動はこの補助金に問題があるのです。
国家予算査定時の原油値段はバーレルあたり$40台でした。
そのときの対ドルルピア為替相場は9200位です。
これをベースに必要な石油製品輸入数量を掛けて補助金額を査定しました。
しかし、あに図らんや現在原油は暴騰し$60台にまで暴騰し対ドルルピア為替相場も10500まで安くなって
しまいました。
単純計算すれば40x9200=368000で用意した補助金に対し、60x10500=630000と1.7倍もの
補助金需要が出てしまったのです。
補助金を増やせなければ当然予定数量の石油製品は買い付けられません。
368000/630000=需要の58%しか輸入できなくなってしまうのです。
これが石油製品不足の原因なのです。
 
補助金を増やすことも出来ず、かと言って輸入を減らすことも出来ず・・・
何ともならなくなった政府は不足分を民間に値上げという形で負担してもらおうと考えたのです。
つまり
非産油国である日本と同じような価格の石油製品を買えと産油国の国民に言うのです。
この被害を最も受ける貧民層に対しては月10万ルピア(¥1100)を政府から油購入代援助金として支給しようと言うのです。
しかし誰を貧民として認定するのか、誰が彼等にこの金を届けるのか、運営方法の具体的な確定がなされておらず『認定された貧民』と『認定されていない貧民』との間に『貧民格差』を生み出し新たなる火種を作りつつあります。
まさに『泥棒を捕まえてから縄をなう』様相です。
冬のなき国はどうしても場当たり的な対処に終始します。
『将来起こるべき事に備えて今を生きる』、と言う気構えはありません。
しかしこれは『行き当たりばったりで生きて行けるほど自然が裕福なのだ』と捉えるべきなのでしょう。
羨ましい限りです。(何せ飢餓のなき国ですので)
 
スシロバンバンユドヨノ政権は初めての直接選挙を経て選ばれてきた本格的民主政権であり、国民の期待を
一心に担ってきた政権なのです。
しかしその発足早々からアチェーの大地震・大津波で痛めつけられ、その後も内外に起こる色々な問題に
絶えず揺さぶり続けられている哀れな政権なのです。
石油製品に対する(補助金廃止)値上げは国家財政を健全にするために実施せざるを得ない事だと理解
出来ますが、如何せん実施のタイミングが悪過ぎます。
10月3日からイスラム断食月が始まると言う正月を控えて一番物いりなこの時を敢えて選んで強行する
理由が判りません。
断食期間中は水や食べ物だけでなく、心に浮かぶ憎しみも悪しき心も全て断たなければなりません。
それがイスラム教徒に課せられた一年に一回の修行なのです。
政府がこの時期に値上げを強行したのは、国民が断食中不満を吐くことが出来ない事を見越したのか、
と勘ぐりたくなる程です。
 
しかし、断食が明けてイスラム正月の11月3-4日を迎えれば水や食べ物だけでなく口や不満も口に出来る
ようになるのです。
断食明け前には日本と同じようにムディックと言われる帰省もあります。
そのときに運賃が高くなって帰省できなくなる庶民はどう思うのでしょうか・・・
苦しい都会でのその日暮らしに唯一明るさをもたらしてくれていた家庭用灯油を2.8倍にも上げられた貧民の
気持ちは計り知れません。
ガソリンや軽油を大幅値上げさせられれば運賃や電気代が上がり、ひいては諸物価全体に跳ね返ってきます。
期待していた大統領に裏切られたと怨嗟の声が上がるでしょう。
苦しい断食を更に重苦しく過ごさざるを得ない庶民の感情のはけ口が、断食明けと同時にデモ・暴動へと
動く危険性を感じます。
インドネシア国民が不満を爆発させることの無きよう祈りたい気分です。
 
苦境だから暴動の起こるインドネシアが正常なのか?
苦境でもデモ一つ起こらない日本が正常なのか?
・・・・・皆様いかがお考えでしょうか?