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インドネシア通信 『サンバル』…の巻       神谷 典明
 
インドネシアに於ける生活必需品がなんだか分かりますか?
 
・ミネラルウォーター
 確かに水道の蛇口からいきなり水が飲めませんのでこれが
 無いと干からびます。蛇口から水が飲めるのは日本の最も
 誇れる特徴であることを、なぜか日本人だけが知りません。
 日本へ来たインドネシア人に、『日本ではトイレの水も飲めるよ』、
 と伝えても全く信じてもらえません。
 
・トイレットペーパー
 インドネシアホテルや空港のトイレは別ですが個人の家のトイレは
 一般的にトイレットペーパーを常備してません。
 理由は左手を上手く使って水で流すからです。
 インドネシア生活36年を越える小職でも見よう見真似で行っている、
 とは言うものの、見真似すべきインドネシア人がどうしているのかは
 知りません。見真似ではなく勝手に考えた方法を試行錯誤を通じて
 技術的に36年間高めて来ただけです。
 『本当にみんな、どうしているのだろう…?』、…素朴な疑問です。  
    
・度胸と図々しさ
 これが無いと生きては行けませんので必需品と言えるでしょう。
 インドネシアでは遠慮して待っていては何も手に入りません。
 人を押しのけでも前に出る度胸と要領の良さを持たなければ
 いつまでも待たされて終わりです。
 でも、最近は改善されつつあります。
 急ぐが余り空港で列に割り込んだらインドネシア人に怒られました。
 (恥ずかしい…)
 
・裏金
 英語でアンダーテーブル、インドネシア語ではソゴアンと言われる
 お小使いです。日本では心付けと呼ばれる類でしょうか?
 特に公務員に対しては有効で、申請書類の中に封筒に入れた
 お札を潜ませて提出するのが一般的です。
 イミグレではパスポートにお札を挟み提示してました。
 交通違反で捕まったら車検証に何枚かのお札を挟んで窓越しに
 交通警官に渡します
 そして、戻ってきた車検証にお札が残っている事は有りませんでした。
 交通事故を起こしても裏金をせびられるのが嫌で警察を呼ばず示談に
 する程です。
 
 これ等は給料の安い公務員が自分の持っている公権力を使って
 手っ取り早く生活費不足分を稼ぐ方法でした。
 公務員以外にでも、ホテルのボーイ、運転手君、兎に角世話に
 なったら、『有難う』、と握手する際に手の内にお子使いを握りこみます。
 相手も握手をしながらスッとこれを抜き取ります。
 まさに阿吽の呼吸、名人芸です。
 
 インドネシアでの解釈は、『潤滑油』、です。
 これで全ての処理が円滑に進みます。
 感謝の念をお金に換算して表し、その場その場で精神的受け渡し
 (貸し借り)を終わらせるのです。
 換算するお金の額はケースバイケースで異なり、それなりの相場が
 有りました。
 これを知らない外国人には、法外なお金を払ったり、逆に払わなくて
 顰蹙を買ったりするトラブルが付き物でした。
 この相場が読める様になりますと一人前(何の?)と言われました。
 まさにインドネシアの文化(の如し)でした。
 
 でもこの10年間は公務員に対するこの当たり前の行為を摘発する
 汚職撲滅運動がこれを許さず、公務員の方から自分の身を守る為に
 拒否するケースが増えて来ました。
 以前バリのイミグレでパスポートにお金を挟む古典的方法を使いましたら、
 『これは何ですか?』、と検査官に指摘されてしまった恥ずかしい経験を
 インドネシア通信に書きましたが、去年はジャカルタ税関の荷物検査で
 スーツケース内に隠し持っていたスペアパーツが見つかり税金を払いました。
 それも見事にパソコンを駆使して税率表から一つ一つのパーツに対する
 税金額を査定し、カード払いOK、何と領収書もくれる凄さでした。
 驚きです。きれいになったと賞賛すべきか、可哀想にと同情すべきか…
 
そして…
・サンバル
 インドネシア生活でも最重要は食べる事です。
 辛いものが多いといわれるインドネシア料理を更に辛くするのがサンバルです。
 赤唐辛子を挽いたものに砂糖とニンニクを混ぜてペースト状にしたのもです。
 味は甘辛、一瞬甘く、その後は実にあとを引く辛さが口を痺らせてくれます。
 緑唐辛子を挽いた緑色のサンバルもあります。こちらは調味料の域を超えて
 口中を火傷したかのごとき味(というより痛み)をもたらしてくれる恐怖物です。
 
 これが無いとインドネシア人の食事は始まりません。
 最近注目を集めている日本食も実はインドネシア人にとっては甘いのです。
 結果として、牛丼にも天ぷらにもお刺身にまでもサンバルを溢れる程に入れます。
 日本にインドネシアからのお客を迎える場合はソッとサンバルの小瓶を手渡し
 彼等の好きにさせるのが、『小粋なオモテナシ』、と言うものでしょう。
   『刺身はサンバルでなくワサビだ!』、
   『丼にそんなもん入れたら料理の味が分からなくなるだろうが!』、
   なぞと、いちいち目くじらを立てるのは野暮と云うものです。
   彼等が最も美味しいと感ずる方法で食べて貰うのが粋なのです。
 
 
実は小職が1979年2月にインドネシアへ渡って最初に与えられたのミッションが
サンバルを日本に売ることだったのです。
当時は手製のサンバル(一般的にはチャべと読んでました。)しか有りませんでした。
初めての帰国時これを小瓶に詰めて持ち帰り、喫茶店へタバスコの代わりとして
売ろうと考えたのです。
馴染みになっていた浜松駅前天龍木材分室横の喫茶店で、オーナーママに
『タバスコは辛いだけですが、チャべは一瞬甘くて強烈に辛い複雑な味ですよ…』、
と口説いて置いてもらった事を記憶しております。
 
当時ウナギも売らされました。
ジャカルタで日本人駐在員の奥様方を訪ね、スカブミ(ジャカルタ郊外の山間部)
産の養殖ウナギ(灰色でヒレが無い)を、『食べてみて下さい』、と配り回ったのです。
ヒレが無いので、『気持ち悪い、蛇じゃないの?』、と奥様方に言われてしまいました。
いくら駐在員の奥様方でも流石にウナギはさばけません。売れませんでした。
 
インドネシアの会社に見習いとして出向していた小職は、上司が命じる事は事の
是非をさておいて全て従いました。(例え木材とは関係無いことでも…)
恥ずかしい思いを堪え、一生懸命ウナギを売り込む26歳でした。
それが今では高級食材です。
一串三切れで2000円です。うな丼2500円、うな重3500円です。
我々庶民には高値の華、口に入る機会は中々訪れません。大化けしました。
サンバルは?
こんなに美味しいのにどうして皆さんご存じないのでしょう?
62歳の今でも帰国の度にサンバルABCの小ボトル十数本持ち帰っては、
昔のミッションを継続遂行しております。
 
『三河武士の性根、御照覧あれ!!!』  (実は百姓の出ですが…)